時間の考え方

癌の宣告を受け、もし医者から余命を告げられたら誰でも生きている残りの時間を大切にするだろう。しかし、普段誰でも何気なく過しているわけではないが、月日の経過の早さを感じる人も多いことであろう。今朝、出掛けに分刻みの時計の針をみて、僅かに動いている針が刻む時間というものが、もう2度と戻ってこないということを認識させられた。


でも特別何ができると言うものでもないが、記憶に残る足跡だけは過ぎ去っていく時間の中に残しておきたいものである。健康さえ維持できていれば、自分の人生の中で時間を自由に使うこともできる。これは大変恵まれたことであるということを、人はあまり意識していないのではないだろうか。


癌の宣告を受けた何人かの方に、生前の残された僅かな時間にお目にかかってきたけれども、いつも彼らのことを考えると、自分が健康であることに幸せと感謝の気持で一杯になる。生涯の持ち時間は人それぞれ違うということは普段あまり認識しない。しかし、「人間万事塞翁が馬」という諺が古くからあるように、これからも何が起きるかわからない。


だから時間を費やすことにも意識しながら、多少は神経を使って時間を大切にしながら過していきたい。多くの人をみていると、時間の使い方がそれぞれ大きく異なるが、考えながら時間を刻むのと考えないで過すのとでは、随分人生において差が出るのではないだろうか。